掲載日:2014年7月12日
「待たせたねェ。作るのは大したことなかったけんど、工具をどこにやったか分からんで、探すのに時間がかかってしもうた」 利用者のAさん(82)が、ポンと細い金属性の棒を私の机の上に投げ出しました。長さ30センチ、直径2ミリくらい。自転車のスポークを利用したもののようです。
先の方が5ミリほど直角に曲がり、取っては持ちやすいようにぐるぐるとビニールを巻き、最上部には棚などのホックに掛けて置けるようタコ糸で小さな輪っかがこしらえられています。いかにも手先が器用で、細かな配慮のできるAさんの所作らしい。洗面台の排水溝にたまった髪の毛や食べかすなどをかき出すごみ取り器です。
利用者さんの部屋の洗面台シンクには、水をためられるよう栓を設けています。洗面台前のボタンを押し下げると、栓が1センチほど口金から持ち上がり、たまっていた湯水が流れ出されます。逆にボタンを引き上げると、栓が排水口に収まり、湯水がシンクにたまる、といった仕組みです。
シンクにたまった水を流すとき、髪の毛や食べかすなどが水と一緒に流れ、排水溝にたまることがあります。そして排水溝の詰まりに気付かず、水が逆流し、シンクの水があふれる“事件”が何度かありました。幸い、大事には至っていませんが…。洗面台設置の業者に聞くと、排水口に着脱する網目のごみ取りの設置には1万円は要す、と言います。利用者さんの全居室となると、やはり100万円近い出費で、貧乏な施設としては二の足を踏みます。 そんな時に助け船を出してくれたのです。Aさんは他にも木製のスプーン、フォークなどの傑作があります。困った人の人助けが趣味でもあり、それがまた健康の秘訣かもしれません。あれこれと思索を巡らし、材料を選び、考案した逸品がこの洗面台ごみ取り器です。極細の柔らかい棒は狭い隙間に入り込み、棒をくるくる回すと、先端部の曲がった部分にゴミがからみ、面白いようにすくい取ることができます。
これは便利。ヒット間違いない。売れるのではないか。
「便利な世に慣れてしもうてすぐに業者に頼る。工夫せんのはようない。ヒット商品はもっと複雑なもんやき、こんなもんは商売にならん。誰でも真似ができるからえいがよ。誰でも勝手に作ったらえいろう」
金儲けなど興味ないAさんの返事。それでも心の中では「お年寄りの知恵、技術をもっと生かされないだろうか」とまだこだわっていました。
(2014年7月)